送別会の花束をもらってから、ひと月。平日の朝、目覚ましをかけずに起きて、新聞を読み終えると、まだ9時前だった。60歳前後で「この先をやり直したい」と思うきっかけは、定年や子どもの独立、離別のように、毎日の予定がふっと空く出来事であることが多いものです。
やり直しは、全部をひっくり返すことではありません。「やり直したい」の中身を、働き方・お金・人とのつながり・学びの4つに分け、いちばん気になる1つから小さく始める。 それで十分に景色は変わります。
この記事では、4つそれぞれの考え方と、60歳から使える公的な仕組みの「入口」を紹介します。制度の細かい条件は変わることがあるので、窓口の名前と、どこで調べればよいかまでにとどめています。
「やり直したい」の中身を4つに分けてみる

「人生をやり直したい」という言葉は大きすぎて、そのままだと何から手をつければいいか分かりません。たとえば、夕食のあとに配偶者から「これから毎日どうするの?」と聞かれて、うまく答えられなかった場面。答えにくいのは、聞かれていることが一度にいくつも混ざっているからです。
分けてみると、多くの場合は次の4つのどれかに行き着きます。
- 働き方:まだ働きたい、働き方を変えたい、仕事から離れたい
- お金:この先の暮らしが成り立つのか見通したい
- 人とのつながり:会社以外に話せる相手や居場所がほしい
- 学び・趣味:昔やりたかったことや、新しいことに手を出したい
紙に4つを書いて、いま気になる順に番号をふる。それだけで「全部やり直さなきゃ」という重さが少し軽くなります。
1番が「お金」になった人は、ほかを考える前にお金の見通しを先に確かめたほうが落ち着きます。逆に、1番が「つながり」なのに、資格の勉強から始めてしまう人もいます。気持ちの順番と、手をつける順番をそろえる。ここがずれると、動いているのに満たされない、ということが起きがちです。
「60歳でリセットなんて遅い」と感じるかもしれません。ただ、やり直すのは過去ではなく、明日からの過ごし方です。これまでの仕事や家庭で身につけたことは、どの道を選んでも持っていけます。
働き方をやり直すなら、まず公的な窓口へ

60歳からの仕事探しで、いきなり求人サイトを眺めても、自分に合う求人がどれなのか判断しにくいものです。最初の一歩は、シニアの仕事探しを手伝ってくれる公的な窓口で話を聞くことです。
ハローワークには、高年齢の人の再就職を支援する「生涯現役支援窓口」が置かれているところがあります。厚生労働省の高年齢者雇用対策のページでは、全国のハローワークにこの窓口を設けて再就職などを支援している、と案内されています。すべてのハローワークにあるわけではないので、最寄りのハローワークに電話で「生涯現役支援窓口はありますか」と聞くのが早道です。
フルタイムで働くつもりはないけれど、体を動かしたり、地域で役に立ったりしたい。そんな人に合いやすいのがシルバー人材センターです。全国シルバー人材センター事業協会の説明によると、高年齢者が働くことを通じて生きがいを得るとともに、地域社会の活性化に貢献する組織で、原則として市区町村ごとに置かれています。仕事は「臨時的かつ短期的又はその他の軽易な業務」とされ、一定の収入(配分金)は保証されないと明記されています。収入を第一に考えるならハローワーク、生きがいや地域とのつながりを重く見るならシルバー人材センター。そう分けて考えると選びやすくなります。
会社員時代の経験を生かして、顧問や起業という道を考える人もいます。ただ、この2つは収入の見込みを立てにくい働き方です。顧問の話は人脈から来ることが多く、来るかどうかも、いつまで続くかも分かりません。起業は準備にお金がかかることもあります。退職金をあてにして始める前に、次の章のお金の見通しを先に確かめてください。
60歳からの仕事は「前と同じ条件」を探すと苦しくなります。仕事の中身、時間、通勤のしやすさ、収入。このうち何を優先するかを先に決めておくと、窓口での相談も具体的になります。
お金の話は「見通し」を確かめるところから

退職した月、通帳の入金欄に給与の行がない。数字の上では分かっていても、実際に見ると不安がふくらみます。お金の不安の多くは、先の見通しが分からないことから来ています。
やり直しの計画を立てる前に、年金がいつから、どのくらい受け取れそうかを公的な情報で確かめておきます。日本年金機構のねんきんネットでは、自分の年金記録や、将来受け取る年金の見込額を確認できます。利用登録は、マイナポータルと連携する方法と、ユーザIDを取得する方法の2通りが案内されています。
ネットの操作が苦手な人や、記録に心当たりのない空白がある人は、年金事務所で相談できます。日本年金機構の案内では、個人の相談は原則として全国どこの年金事務所でも受け付けているとされています。行く前に、受付時間や予約の方法を公式サイトで確かめておくと安心です。
退職金については、勤め先の人事や総務の窓口が、いちばん確かな情報を持っています。ここで分かった年金と退職金の見通しに、毎月の生活費を並べてみる。そうすると「働いてどのくらい足したいのか」「趣味や学びにどれくらい使えるのか」が見えてきます。
資産運用や保険の話を持ちかけられることもあるかもしれません。60歳前後は、まとまったお金が動く時期です。よく分からない商品は、その場で決めずに持ち帰る。 家族や信頼できる人に相談してからでも、遅すぎることはありません。
人とのつながりは、小さな約束から作る

会社にいたころは、毎朝「おはようございます」と言う相手がいました。退職すると、それがなくなる。数日誰とも話さなかったことに、夕方になって気づく。そんな日が続くと、気持ちも外に向きにくくなります。
つながりを作るのに、大きな決心はいりません。毎週同じ曜日に、同じ場所へ行く用事を1つ作る。それくらいで十分です。市区町村の広報誌やホームページには、地域の講座やサークル、ボランティアの募集がよく載っています。図書館や公民館の掲示板にも、手書きの募集が貼ってあることがあります。
ボランティアは「役に立たなきゃ」と構えるより、「人と会う理由」くらいに考えたほうが続きます。シルバー人材センターも、仕事を通じて地域の人と知り合う場になります。
家族との関係も、この時期に変わりやすいところです。夫婦が一日中同じ家にいるのは、長い結婚生活の中でもはじめてということがあります。昼ごはんをどうするか、家事をどう分けるか。小さなことほど、早めに話しておくと揉めにくくなります。
それでも、話せる相手がいない、家族との関係がつらいと感じることもあるでしょう。誰に相談すればいいか迷うときは、悩みの種類ごとの相談先をまとめたページも使えます。
学び直しは、1科目からでいい
学び直しというと、資格を取る、大学に入り直す、といった大きな目標を思い浮かべるかもしれません。でも、テレビで見た古代史の番組の続きが気になった、くらいのきっかけで始めていいのです。
公的な学びの場としては、放送大学があります。放送大学の公式サイトでは、卒業を目指す入り方のほかに、好きな科目だけを選んで学ぶ選科履修生・科目履修生の入り方が紹介されています。授業はテレビやラジオで放送され、インターネットでも配信されています。全国の都道府県に学習センターがあるので、同じ科目を学ぶ人と顔を合わせる場にもなります。
もっと気軽に始めたいなら、住んでいる市区町村の生涯学習の講座を探すのも手です。広報誌に載る数回完結の講座なら、合わなければそこでやめられます。30〜40代で、仕事と並べて学び直しを考えている方は、30代の学び直しは遅い? も参考にしてください。
学び直しで向いていないのは、「元を取らなきゃ」と考えてしまう人かもしれません。60歳からの学びは、何かに役立てるためだけのものではありません。知らなかったことを知る時間そのものが、毎日の張り合いになります。
気持ちが沈んで動けないときは
ここまで「小さく始める」と書いてきましたが、その小さな一歩すら出ない時期もあります。朝起きても着替える気になれない。好きだった番組を見ても楽しくない。そういう状態が続くときは、やり直しの計画はいったん脇に置いてかまいません。
眠れない、食欲がない、気分の落ちこみが何週間も続くときは、かかりつけ医や地域の相談窓口に話してください。 退職や家族の変化のあとに心身の調子をくずすのは、珍しいことではありません。相談先は、先ほどの悩みの種類ごとの相談先にもまとめています。
よくある質問
60歳からのやり直しは、若いころのように一気に変えるものではなく、毎週の予定を1つずつ入れ替えていくものです。来週のカレンダーに、仕事でも家の用事でもない予定を1つ書きこむところから始めてはどうでしょう。

